明治期天災記録写真

  • 2013.03.11 Monday
  • 11:56
大変ご無沙汰しています。ブログ担当の三井です。本日は、3月11日です。
東日本大震災から2年が経過しました。被災された方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
陸前高田被災資料デジタル化プロジェクトを行っている身としては、2年間という時間に出来ることの少なさを実感しております。僕に出来ることは、本当に限られていますが、出来る範囲で努力します。本当に一日も早く、被災地の方々が普通の生活を取り戻せることを切に願います。

今回は、開催中の「夜明けまえ 知られざる日本写真開拓史 北海道・東北編」(PCの方はこちら)に出品されている明治期天災記録写真について、簡単にご報告致します。
本展で展示させて戴いているのは、3つの天災記録です。

明治21(1888)年 磐梯山噴火
明治27(1894)年 庄内地震
明治29(1896)年 三陸津波

これらについて、福島県立博物館、本間美術館における調査で見出された写真および、一般財団法人 日本カメラ財団、そして、東京都写真美術館が収蔵する写真を展示しております。

明治期におけるこれら天災記録は、現代の報道倫理確立前のものです。また、厳密に言えば、報道写真とは性格が異なります。これらは基本的にドキュメンテーションとして撮影され、頒布用にも使われました。印刷のような大量生産ではなく、写真そのもので制作され頒布されましたので、購入は可能ですが、現在のように「本当に誰もが眼に出来る情報」ではなかった。このことは、これらの写真を現在の私たちが観るにあたって、重要な情報だと考えます。

これらの中には、天災の犠牲になった被災者のご遺体を写したものも含まれます。
現代の私たちには目を背けたくなるものが含まれます。ですから、すべての方にご覧下さいとは申しません。上記のことをご理解いただける方に、展示室でご覧いただければと思います。
 
また、本展には「特別出品」として、《(開拓当時の富岡町)》という写真を最後に展示しています。

東京都写真美術館はオリジナル作品の展示を基本としています。しかし、《(開拓当時の富岡町)》は、オリジナルを展示することが出来ません。展示させて戴いているのは、デジタルデータに基づくインク・ジェット・プリントのみです。東北地方・福島県双葉郡の富岡町は、東京電力福島第一原子力発電所事故の警戒・避難区域の中にあり、第二原子力発電所の一部を擁する町です。2013年3月現在も、町民は郡外・県外への避難を強いられています。富岡町歴史民俗資料館は現在立ち入ることが出来ない状況にあり、収蔵資料も相馬市へ移送しているものの、活用する状況には到っていません。 本資料は、富岡町の但野ヶ原開墾当時の風景を撮影したもので、この地域を撮影した現存する最古の写真です。しかし、上記のような理由からオリジナルを展示することはかないませんでした。しかし、一日も早い復旧を願い、デジタル写真を特別出品として展示させていただいています。

次回から、本展の「であい」「まなび」「ひろがり」各章について、ご紹介させて戴きます。
では、また。

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