佐賀県の調査

  • 2010.09.06 Monday
  • 17:25
JUGEMテーマ:幕末 歴史
 こんにちは、こんばんわ。
古写真ブログ担当の三井です。
今年は本当に暑いですね。もう九月だというのに、本当に暑い。
まさに「吸って良いんだか、掬って良いんだかわからない」暑さですね。
皆様は、夏風邪など召さず、健やかにお過ごしでしょうか。

少し更新の間が開いてしまいました。
すみません。
その間、調査三昧、そして、北海道教育大学での集中講義など、充実した毎日を過ごしておりました。

さて。
佐賀県の調査です。
このたび、お伺いしたのは、佐賀県立博物館、佐賀県立佐賀城本丸歴史館、佐賀市大隈記念館、小城市立歴史資料館、多久市郷土資料館、武雄市歴史資料館、嬉野市歴史民俗資料館です。ご協力いただきました皆様、本当にありがとうございました。調査に伺った印象としては、ガラスの写真が多く収蔵されていることと、藩の洋学研究としての写真関係資料の豊かさ。本当に興味深いものがたくさんありました。
搔い摘んでご紹介しましょう。
京都の堀与兵衛による中岡慎太郎の写真のオリジナルが新聞掲載でも話題ですが、同じ撮影者による《古賀鎔像》が佐賀県立博物館に収蔵されています。
 
堀の特徴的な市松模様の敷物に雄々しい漢。これが収められる箱には、「慶応四年戌仲春」とあります。まさに戊辰。歴史がガリッと刻まれた写真です。
佐賀県立佐賀城本丸歴史館さんには、江藤新平の肖像写真や集合写真、墓碑の写真など江藤新平関係の写真が収蔵されています。そして、驚いたのは明治天皇と皇后のポジ乾板!

正確には、エドアルド・キヨッソーネが明治21(1888)年に描いた肖像画を元にした写真なのですが、ポイントはこれが乾板のポジ画像であるということです。乾板は本来、印画紙に焼付ける原板ですからネガ像のはずです。しかし、これがポジ像だということは、投影原板(現代のスライドフィルムに対応するもの)か、あるいはネガ原板を制作するための原板ということになります。この作品は163x120mmのサイズで当時の一般的な投影原板のサイズとは異なります。ということは、ネガ原板を作るための原板と考える方が順当だと思われます。これ、ちょっとすごい。つまり、このイメージは多く流布しているものですが、当時は宮内省のコントロールの元におかれ、一般に販売することは禁じられていました。しかし、実際には多くのバリエーションが存在し、一般に販売されていた事実がわかっています。この原板が、宮内省の指揮下でネガ原板を制作するための原板である可能性も十分にあります。違法性の高いものだと決めるのは軽率です。問題はこの部分ではありません。重要なポイントは、実際に多く現存している写真のネガを作る元であるポジ原板が見つかったという点。これは、とても貴重だと思うのです。
そして、佐賀市大隈記念館では大隈重信のアンブロタイプによる集合写真。
(画像は部分拡大しています)
残念ながら、左下部に欠損がありますが、貴重である点は変わりません。中央左側の頬杖をついているのが大隈重信です。

本当に貴重な作品が多く収蔵されている佐賀県。今回一度では、ご紹介しきれません!
そして、初期写真作品は、なによりも実物を見てはじめてわかる情報がたくさんあります。
来年の3月をご期待ください。

さて、今回のおいしいもの情報は、我がガーデンプレイスが誇る最大の穴場!。。。って、以前にもずいぶん紹介していますが、当館のお隣にある社食的なお店。トレイをもって並んで、カードを挿しながら注文します。
今日ご紹介するのはこちら。

カツ丼です。
奥に見えるのは、この日スペシャルメニューだった「トルコライス」。
僕も天野君もガッツリ系で夏バテ対策は万全です。
ではまた。

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